AIがすんごいね。 なんでもサクッと作れちゃうから、考えてるけど可視化めんどいなーってとこがすっ飛ばせていきなり動くものできちゃうのやーばい。
でも、最初は感動してたけどもう当たり前だし、今後どうなっていくのか考えたい。
AIでどこまでできるようになるんだろ
最近はchatGPTとCodexでゲームを作ることが多いけど、仕事ではGeminiとClaudeCodeを使うことが多い。 音楽が好きだからSunoで曲も作る。
自分の考えていることは大体形にできるけど、まだ痒いところに手が届かない感じはある。
イラストとかは全然AIって分かるし、音楽もクオリティは高いけど、ちょっとしたニュアンスを完全に表現できるわけじゃない。
でも受け手からしたらあんまり気にならないレベルのものはもう作れ出してるし、AIの進化も早いからあっという間にその辺も解消できそうな気はしている。
世の中の人(受け手)はどう感じるようになっていくのか
今は個人でこんなすごい映像が作れるとか、こんなクオリティの高いゲームができるって騒がれてて、それ自体に感動している人は多い。
でも、誰でも一瞬で作れるようになったらその感動は多分なくなっていくし、最近騒がれているものも先行者メリットというか、先にやったから目を引いてるだけの内容が多い。 別に他の人にも真似できるし、誰がやってもバズってただろうなーみたいなものが多い。
そうなると、今後は作品から何を感じるかみたいなことがやっぱり大事になると思う。
誰が作ったかとか、何を考えて作ったとか、背景も重要になりそう。
作り手の自分らしさとか独自性って何から生まれるのか
独自性と言いつつ、基本的に人間も誰かの模倣をしてたり、何か影響を受けて好きな部分を自分なりの解釈で混ぜて新しいものとして括ってるだけで、AI学習とやってること自体はあんまり変わらない気もしている。
そのままパクってるわけじゃないからAIと全然違うというのはさておき、どこかで受けた刺激とか経験とか、なんかそういうものから生まれてる。
今まではその参照元の種類がその人独自のものとして価値があったんだと思う。
でも、多分みんなが簡単に同じような参照元を拾いに行けるようになっていくわけで、
となると、その無限にある参照元からなぜそれを選んだかみたいなセンスの部分が独自性と呼ばれるようになるのかも。
その判断をするあなた、これを組み合わせたあなたみたいな部分が作風になっていったり、あとはやっぱりそれを生む過程で偶然生まれたものを面白がったり、急に否定したり、無駄なこだわりが生まれたり、そんな過程も何か価値が出てきそうな気がしている。
AIポン出しでできたものより、その変遷に何か愛がある気がする。
どうなっていこうかな
効率化とかきれいな映像とか正確なものとかは誰かに任せればいいや。
効率化できるけど手放したくないものってある気がしてて、そっちをもうちょっと研究したい。 無駄な話とか無駄な動きとか、なくていいけどそこにいて欲しいものが、ちょっとまだ自分でも分からないけど理解していきたい。
AIが作ったものと人間が作ったものを見分けられなくなって、誰でも真似できるようになったとして、何が残って何に感動するんだろう。
作品で感動することと、それを作った人間に感動すること両方あるしどっちも本物だし、なんかその辺もうちょっとちゃんと認識してもいいのかも。
あの人の作った音楽は好きだけどあの人は嫌いとかあるしな。
おれはラーメンズのコントも小林賢太郎も片桐仁も好きだけど、あんまりちゃんと言語化できない。
もっと自分の好きなこととか嫌いなこととかちゃんと言語化して選べるようになれば、好きなものに触れる時間が増やせそうな気がする。
ただ好きなことほどあんまり分析したくないなという気持ちもちょっとあって、人間って難しいよなって思う。
結論は何もないんだけど、別にいい。
ただの付箋の1枚。おわり。