これは個人の感想だし、また考えも変わってくるかもしれないし、あまり誰かに読ませるものではないのだけど、このタイミングの今の気持ちを言語化しておきたいのでなんとなく筆を走らせることにする。

星野源との出会い

まず前提としておれは星野源が好きである。

音楽も好きだし話もおもろいし、演技も良い。MIU404が特に好きだった。

初めて星野源をきちんと認識したのはおそらく2010年。

『くせのうた』を何かのきっかけで聞いた。いいなと思ってYoutubeに上がってる動画を何回も聞いて耳コピしてニコニコ生放送で弾いたりしてた。

数少ない囲いに「これなんて歌ですか?」って聞かれて「星野源だよ」って音楽通ぶって布教してた。

別におれが布教しなくても勝手に売れるくらいすごい人なんだけど。

烏滸がましい話だが、当時はすぐ手が届くくらいの先輩的な存在だと思って見てた。

特にファンというつもりもないが、CDはほとんど持ってた。友達のCDを買うくらいの感覚ではあった。特典のオーディオコメンタリーが好きで繰り返し見た。

最初は日常的な曲を歌っていたからか、とにかく身近に感じられた。

おれの好きなモノやコトを彼も好きなんだと知って、より身近に感じられるようになった。

バナナマンと交流があることも知った。バカリズムを枡野さんと呼んでた。

当時バナナマン、ラーメンズ、おぎやはぎのコントを日常的に見ていたおれと感覚が近いような気がしたのはそういう部分もあるのかもと思った。

露出は少しずつ増え、エッセイを読んだり、ラジオなども聞いた。

同世代くらいのくだらない下ネタも言うし、下品だし、やっぱり身近な存在だった。

クレイジーキャッツを歌ったり、タモリさんが好きだったり、細野晴臣にガンガン影響を受けていたり。

その辺の世代の影響を受けてるのも「分かってるわー」という感じで共感出来て、少し自分を重ねていたような気もする。

気が付くと、長岡亮介が後ろでギターを弾いていた。

東京事変はもちろん、ペトロールズをライブで見るくらいにはちゃんと好きだったので、好きなギタリストとも共演してる嬉しい!となった。

星野源が売れていって

そんなこんなであっという間に遠い存在になった。

最初は自分を重ねて、彼が夢をかなえていってくれるのが嬉しかった。

ただ、ずっとモヤモヤも積み重なっていった。

「後ろに長岡亮介いる!」辺りから、じんわり小さな妬みのような何かが長期に渡って沸々と出てきた気がする。

彼の性格や努力などを考えれば、当然だなと頭では理解しているのだけど、なんか悔しいのだ。

ただ、何かを俳優として受賞したとかガッキーと結婚したとか、そういう部分には正直一切悔しさや妬み嫉みはなくて。

具体的に言うと、「化物」という曲のAメロを聞いたときに、スーパーマリオランドの地上BGMの頭のメロディと進行を使ってて、勝手に任天堂の聖域だと思ってた部分を取られた感じがしてモヤっとした。

あとは、ラジオにARuFaを呼んでMVを作ってもらったりもしていた。これもなんか取られた感じがした。

不思議、Cube、Starという曲など特に顕著だが、珍しいコード進行に歌モノとして成立するメロディを載せて歌ってたりする。これも取られた感じがした。

その他にもたくさんそういう場面があるんだけど、自分のある種アイデンティティに近い部分の構成要素の一つだと感じていた気付きを、サラッと星野源コンテンツにしてしまう。

おれが、おれっぽいと思ってたものを星野源っぽいに変えられていってしまう。これが妬みの発生源なのかもしれない。

おれの所有物でも何でもないのに身勝手にもそう感じてしまう心がある。

ニコ生とかゲームとか、当時はまだ割とオタク寄りのものというかアングラチックなニュアンスだったものを取り入れて、変に垣根を壊したり、ネット、ブログみたいな文化から人気コンテンツを自分の作品にコラボさせたり、ボカロやDTMの流行りもあり、コード進行というものが注目され、特にブラックアダーコードがイキスギコードとして認知し始める中で目まぐるしいコード進行を使った曲をリリースしたり。

とにかく感度が高い彼だから仕方ないと頭では理解しているんだけど、色んな人の好きなものをいいとこ取りして唾をつけていくように見えてしまっている。

特に一般人では発想があっても、お金や時間の制約でなかなかできないことを彼は、自身の努力で手に入れた地位とお金を利用して、他の人より先に場を荒らしていく。

おれはそこにモヤりだして、今もそのモヤモヤはずっとある。

だからといって彼を批判する権利は何もないし、彼の努力の賜物だし、色々な文化を最先端で広げているという意味で偉大だと思うんだけど、やり方がなんかずるくて強欲に見えてしまう側面がある。

元々いじめられたり、非難されたり、虐げられてきたことを跳ね返して頑張ってきた彼にはとても尊敬できる部分も多いのだけれど、ある種復讐のように、当たり構わず人々の欲を先回りして一口ずつ食べていくようなムーブがとても不快で反感を買うんじゃないかと思う。

悪く言うと節操ない。

他人の欲ってそんなに見てて気持ちの良いものではないから、そういう不快感がずっと彼にはついて回っているように見える。

本人がどう思ってるかなんて分からないが、一般人を見下して美味しい部分だけ食べていく成功者としてのムーブが滲み出て見え、かつそれを誰にも咎めさせないぞ、言語化させないぞ、っていう振る舞いに見えてしまう人がいてもおかしくないかな。

これは個人的な推測でしかないんだけども。

なぜ炎上するのか

正直誰かとこの話をしたわけじゃないし、どう思っているかなんて人それぞれだけど、 おれは、彼の静かな欲がだだ洩れしてて、かつ地位やお金でその欲を解決している部分にある気がした。

だから「金持ちだから」「才能があるから」というのはある意味正解だけど、そんな直接的な理由ではないのかな。

理屈でいうと、自分の努力で手に入れたもので好きなことして何が悪いんだって話なんだけど、なんか自分で発見したかったものとか、そこにいて欲しかったものとか、そういうのが間接的に荒らされてるんだよね。

だからちょっとずつ色んな人の人生の邪魔になってて炎上するのかもなと思った。

邪魔とは言わずとも不快感をそっと置いていくみたいな。

で、それを言語化できない人が、不細工のくせに~とかトンチンカンなことを言って、それがまた誰かの反感を買ってカオスなことになっているんだと思う。

すごい悪く言っているけど、それが成功者としての権利でもあるし、我々一般人が妬めば妬むほどそれは我々に惨めさとして帰ってくる。

自分では見れなかった景色を見せてくれるといえばすごく素敵なことではあるんだけど、見たくなかった景色まで見せられてしまうというのが本音としてはあるのかも。

大体の人間は変化を嫌うし、環境も変わって欲しくない。

そんな中で新たなものを生み出す人はやはり嫌われるんだろうなと思ったし、やっぱりかっこいいなとも思った。

うらやましくもあるが、そうなりたくないなという気持ちもある。

人間とは複雑だなと思うし、正解はない。

見たくないなら見るなという理論は少し乱暴で、自分の見ているものを邪魔されたくない気持ちがあるのだ。

間接的に変化を強いられるというストレスが確実にそこにはあり、その怠惰な気持ちを大事にしたいのも人間なのだ。

風が吹けば桶屋が儲かるくらい間接的な話かもしれない。

人間が怠惰であり続ける限り、星野源は炎上し続けるし、彼には悪いがそれでいいんだと思う。

・・・とまでいうと主語がデカすぎるか。

星野源という鏡を通じて自分の醜さや馬鹿な世間を垣間見ているなという話。

応援したいし、好きなのに不快なんだから面白いよ本当に。