このサイトを立ち上げたときにも感じたことなんだけど、

AIで何でも割と形にすることができるようになって、

相対的に過去の創作物は特別なものではなくなって、どんどん陳腐化していくように見える。

20年以上前のウェブサイトがとんでもなくダサいデザインに見えてしまうように、

恐らく今生み出されているものだって、それこそ、このサイトだって、きっとゴミのようなものに見えていくと思う。

価値がなくなるというわけではないんだけども。

すぐ陳腐化するものをなぜ作るのか

こんな場所を作ったことで、よりその陳腐化を実感し、恥ずかしい思いをするだろうなと思った。

そこまで想像できたのに、動かし始めてしまった。

その陳腐化する様を残したいなと思う気持ちもあった。

ちょっと先の未来の冷笑ガラパゴスが「なんだよ電子レンジのワット数切り替えってwうおw」とか言ってるのが想像できる。

でも今のおれは日々のワット数切り替え計算がめんどいんだから仕方がない。

日々冷笑する自分との戦いがある。

恥ずかしさとの戦い

最近やっと自覚したんだが、心のどこかにずっと恥ずかしさを抱えて生きている。

顔面を晒すことも、さらには裸を晒したって別に恥ずかしくはないけれども、

自分の考えや気持ちを他人に知られるのはどうにも恥ずかしいと思っているらしい。

別に誰かが自分の性癖や黒歴史、しょうもない自慢を語っていても何も思わないが、

もっともっと小さな「ドラクエが好き!」「コーラが好き!」とか、自分がそういった意志を表明するのさえもどうしても恥ずかしいのである。

いいおじさんにもなって?そう、恥ずかしいんだ。

そんな自分に更に嫌悪感を感じて悪いループに入る。

だから自分の考えをあまり発信せずに生きてきて、振り返ってもあまり多くのものは残ってない。

残ってないから恥ずかしさも消えてるんだけど、残さなかった自分がちょっと寂しい。

黒歴史といわれてしまう可能性もあるが、別に陳腐化していくのは当然だし、

そういう恥ずかしさも含め今の自分を何か形として残していこうと、そう感じて日記代わりにこういった色々を無造作に置いている。

陳腐化にぶつかる先に何が

作ったものが数日後には恥ずかしいという、爆速黒歴史製造時代なわけだが、

これを経験することが何かその先で力になりそうな気がしている。

大量の生み出したゴミの中にたまに良いものがあったりする。

多くのものが特別でなくなる中で、ほんのひとつまみくらいだけど。

それがなぜゴミにならなかったのか、あとから見返して経験と恥ずかしさフィルタを通すことで少し理解できる。審美眼と呼ばれるようなものかもしれないし、そんな偉いものでもないかもしれない。

恥をかくことが、何か良いものを知る手段になっているのかもしれない。

自分の至らなさというか、及ばなさというか、貧弱なクリエイティブ力を懐中電灯にして未来を照らすことで、

どうにか一歩踏み出せる場所をみつけたい。

誰かが照らしてくれるのを待つ方がずっと楽ではあるし、滑って転んで大恥をかくこともないのだが、

もう人生も後半戦。

誰かが歩いた道をついていくのではなく、ちょっとくらい自分の足で知らない道を歩いても良いなと思ったのだ。

自分でも書いててなんだかよく分からないが、こういうフワフワとした答えのないことをウジウジ考えている恥ずかしさも一旦ここに捨てて、

また何かを見つけに行こうと思う。